コンピューターおばあちゃんの会

メーリングリスト会話集 1
(1日に50通〜60通位飛び交っている当会の
メーリングリストのメールの一部を抜粋して掲載しています)

メーリングリスト会話集 2
メーリングリスト会話集2
    
真白になってしまった現代のカレンダーが寂しくて昔の生活を
 書込みながら子供達にも伝えようと今年に続いて平成二十年の
 じじばば暦、昔むかしのカレンダーが出来上がりました。
 九九九はあとは下がるだけという満願を嫌ってのことです。
 平成二十年は明治で言えば、大正なら昭和なら何年でしょう? 
 子年  嫁が君(ねずみのこと)正月は鼠というのを忌んで
 こう呼びました。
     餅花やかざしにさせる嫁が君、、、芭蕉


 八十歳のひとり旅

  
   思い立ったが吉日と若い頃に憧れていた一人旅を今実現
 しました。
 インターネットで調べた時間表と地図、同じく予約で取った切符と
 リュックを背おい、黒部峡谷のトロッコ電車に乗って来ました。
 いつも二人の娘、五人の孫と携帯メールで繋がれていました。
 宇奈月のホテルは女一人で泊めてくれるところが一軒だけインター
 ネットで見つけてありました。峡谷の流れを眼下に素晴らしい
 露天風呂でした。
 明日は明日の風が吹くで残された命を大切に老人力で生きて
 行こう、若い人に八十になってもこんなに元気で旅行も出来る事、
 パソコンも楽しめるよーとお手本になりたいと思っています。
 魚津は日本唯一の蜃気楼の見られる町、駅でそのビデオを
 見せてもらう、神秘的、本物がみたい・・・ 
 この日は金沢のひ孫の家に一泊し、翌日やっと京都に帰着。 
 ただ今〜〜〜!!!

    兵庫播州の山郷にて     深山はるよ(80歳)
 


鳥になったような醍醐味、下を飛ぶ練習生のグライダーを写す
         趣味のグライダーで  南部美光 (78歳)


長門峡(山口県)
 迫力の写真でご覧頂けます。 >>こちらをクリック!
佐久間瑠美子

 このほかにも美しい薔薇が展開します。>>こちらをクリック!
佐々木和子




パソコンの電源入れてメル友に
        元気を頂き今日の始まる

浜松 関八重子
どうしても原因つかめず遅くまで
        ひねり回してパソコンの勝
浜松 関八重子
ネットにて預金すれども心配に
        翌日記帳に早々と行く
浜松 関八重子
雛人形今年も沢山会いました
        メールで紹介華やぐ交流
浜松 関八重子

天満神社の管公奉賛献詠祭優秀賞短歌
百歳になるまでにはまだ時間あり
        若きに混じりマウスを握る

播州の山郷にて 深山はるよ
一人居の心を癒すパソコンに
        飛び交うメール 写真に絵に書

播州の山郷にて 深山はるよ
朝一番開くメールは全国区
        おばあちゃんの会飛び交ふ若さ
 
浜松 関八重子
今だ見ぬ人とまみえて嬉しさに
        かたり尽きないじじばばの会(メール友)

兵庫 赤穂 宮川美根子







 ●鹿児島県嘉例川駅の張り紙をご覧下さい。
「明治36年1月15日開業木造駅舎嘉例川駅、
百四歳に
ないもした
。全国からのお客様どうかおじゃったもんせ

 (104歳になりました
  全国からのお客様どうぞおいでくださいませ


          鹿児島を出て43年  長崎 大久保洋子


               
               田舎館村 田んぼアート2007 
    絵は縦143m、横104mの水田に描かれています。
    桁外れの大きさです。下絵になっているのは「富嶽三十六景神奈川沖浪裏」と
    バランス上、右に「赤富士」を配しています。

    緻密な設計図をもとに春に4種類のイネを植えます。成長すると葉の色が品種
    ごとに違ってきます。その違いが絵を浮き上がらせます。
       
                              弘前   三上 敦子


      平和を願って     大阪 粟津晴子


 雪蛍 (綿虫、大綿、雪婆、白粉婆、雪降り虫)


 晩秋初冬の風のない日に林の中を漂っています。
肉眼では羽は見えませんが、カメラに捕らえ、拡大してみました、海の「クリオネ」に似ていますね。
両方とも立ち泳ぎスタイルなのはお腹が重いのでしょうか。 冬はそこまで来ています。  栃木県 吉沢義之


 お国自慢の切手遊び

長谷部さん・飯沼さん・上甲さん・河野さん・松本さん・太田さん
reiさん・榊原さん・佐久間さん・佐々木あやこさん・佐々木和子さん
鈴木さん・孝子さん・富阪さん・山田さん・吉沢さん

お婆ちゃんの冬支度 ・ 昔は忙しかった!
もう、何十年も前のことになりますか・・・
昔は大所帯、男性は丹前(タンゼン)というものを着ました、綿が入っていますのでそのままは洗えない、毎年必ず解いて盥(タライ)に洗濯板で洗い、正麩糊を煮て(ショウフノリ)、それを布で漉して張り板に布地を張り、それから縫って綿を真綿で押さえながら入れました。それを兄嫁と二人で夜なべして兄弟4人分を仕上げるのは大変でした。
今のようにドライクリーニングなどと言うものは無く、布団も汚れると全部同じように8畳の部屋いっぱいに、打ち直した綿を広げて入れたものでした。正麩糊といっても今は売っておりませんし、張り板は出番もなく、納戸の棚に化けてしまいました。
和服裁縫全集を見ながら子供の四つ身の浴衣を縫いました。
こては今は電気ごてですが、昔は必ず火鉢に鉄瓶でお湯を沸かしておりましたので、炭火で熱して使いました。
       昔々のその昔・・・・            常岡正子
  

   透 明 遊 び  

   風に揺れるカーテン ・プレゼントにはオーガンジーのリボンをかけて 

カーテンの作り方 リボンの作り方
                                      

     本物のオーロラを見たことがないので、
       パソコンで想像の世界を遊んでみました。

 
横浜   鶴岡清子


らくうしょう(落羽松)の呼吸根
  こぶのように見られるのはらくうしょうの根が地上に現れた
  呼吸根です。        写真    仙台 佐々木静江
 連 想 ゲ ー ム

春が来た♪ 春が来た♪ わーい・・
                       絵 明珍秀子


 大正幼年唱歌より 「お客様」 大正5・12  


(一) ご免ください はなこさん。
大変お寒くなりました。
みなさんご機嫌如何です
まあ、ようこそ 雪子さん
こちらへお通り遊ばせな
私の大事な人形が
加減が悪くて昨日から
ちっとも笑顔を見せませぬ
(二) それはほんとに、ご心配
大変お風邪がはやります
お熱が沢山ありますか
いえ、熱などありませぬ
お手々もお足も冷たくて
夜でもお目々を開いたまま
何にも食べずに寝ています
ほんとにどうした事でしょう

飯沼トキ様 所蔵
女の子が二人お客さまごっこをしている想定。
言葉づかいなど大変丁寧です。
長谷部みつ(清瀬市)


 おばあちゃんの昔語り (その1)

 着物を着なくなってもう何年になるでしょう、
銘仙やお召し、戦時中はお袖を短くしたり大変でした。
そうそう羽織も随分ながくって、、、
若いころは矢ばねの着物をよく着ました。
夏は絽や紗の着物,、足袋のお洗濯が大変でした。
帯も付け帯がはやった時は、らくになってほっとしたものです。
家族の大勢の夏の思い出にお布団の仕立て直し、
着物をといて洗い、板張りや伸子張り、
大正、昭和の風景すっかり変わってしまいました。
洗濯も大変でした、
浴衣はうすく糊ずけして、乾いたのを霧吹きして
重しをかけて仕上げました。
アイロンは電気でなく炭火をいれて、おこたつも30センチ
四方くらいの置きごたつ、なかに炭火をいれました。
そうそう年中行事に大掃除がありました。
畳を全部あげて太陽にあて天井から床下まで・・。
掃除が終わったしるしの紙を町の見回りのかたが置いてゆきました。

 女学校のころ毎晩スカートを布団の下に敷き寝押しをしました。

ルビー(87歳)  

 おばあちゃんの昔語り (その2)

     天保生まれの祖母に育てられて      トキ(88歳)
 私の祖母は1839年(てんぽう10年)生まれ、渡辺崋山が捕らえられたころで、大分は城下カレイで知られた日出藩の侍の家の人。私が11歳まで大阪の浜寺の家で共に過ごした。
 祖母は夜、枕元に手燭を置く。歌舞伎で、やの字の帯の腰元が掲げるあの手燭である。 丁度その頃、日本で初めて家庭電化製品が普及し始めた。熱いお茶の好きな祖母は電気で沸かしたお湯は炭や薪で沸かしたお湯より熱い、冷めるのも遅いと好んで電気を使った。
 祖母の趣味は花や植木の世話で、桜は黄色いウコン桜、椿は八重の黒椿など変わったものが好き、庭に出ない日は私に字を教える。百人一首や漢語の言葉を教えられた。かるたは天智天皇、秋の田の・・・、から、順徳院、百々しきや、まで必ず読み人の名を呼ばなくてはいけないと厳しかった。 ご飯のときには、さあ、お膳にお直り、・・・と言う。
 大正12年関東大震災の時には、祖母の三人の娘(父の姉妹)は皆無事であったが、祖母はメガネをかけて丹念に新聞を読み「東京では焼け出された人はバラックと言うのに住んで居るそうな」と教えてくれた。
漢学の家の娘の祖母の口癖は『過ぎたるは、なお及ばざるが如し』で、私は物心ついた時から耳に染みている言葉であった。
 今、青山墓地の一隅に祖母はねむっている、きっと今なら
コンピューターおばあちゃん」でしょう。

 おじいちゃんの昔語り (その3)

     麻布十番寸描   夜店       野口五男(80歳)
 夏から秋にむかって十番通りに夜店がでました。 
まだアセチリンの時代です。懐かしいアセチリンの臭い、いろいろな店が出て、今よりずーっと口上がうまくて効能書きを聞かせて
物を売る、ひやかし客も楽しんで聞いていた、たんかばいですな、啖呵売りと言うと誰でもすぐ思い出すのが、バナナ売りやスイカ売り、中に刃物を売っているばい人が居て、『ドイツの国はゾリンゲンの剃刀だよ、刃に磁力が有るからこのとうり』と二本の剃刀の刃先を合わせると刃と刃がたがいに引かれて手品の様に動いた。

 いかにも高級に見えて、その頃は誰でも舶来品は高級だ刃物は
ドイツにかぎると思い込んでいるから、うまく気を引かれて買ってゆきました。 子供の私は買えないけど大人に成ったらと思っていたのに、私が剃刀を使える頃には電気シェーバーの時代に成ってしまいました。

 じいちゃんの昔語り (その4)

     青山今昔        松林廣和(75歳) 表参道在住
  昭和22年3月15日東京15区は区部23区に移行しました。
広尾から西麻布にかけて左側に日本赤十字社、順心女学園、右側に麻布3連隊(現在東大生産技術研究所)があります。このあたり西麻布ー乃木坂ー青山1丁目まで大きくかわりました。

 乃木坂の駅近辺には鉄砲山が在り(恐らく陸軍の実弾射撃場)だったと思います。全山に(みたけ)が茂り、山の中心には塹壕があって水が溜まり、ゲンゴロウ、ヤゴ等がいて子供の遊び場には苦労しなかった。 当時の市電が霞町方面から青山1丁目にむかって通って周辺は谷のような風景で、子供の頃はツクシを取ったり
1部の人は土手でセリを摘んだりして郊外のようでした。 また
青山墓地ではカブト虫、クワガタ、セミ、トンボ、玉虫を取ったり椿の実、ギンナンで笛を作ったりしていました。夕刻になると空に
トンボが群れをなして飛んでいました、子供の私は牛車が通り、
その牛のよだれが白く固まった青山通りを、よだれの跡を踏みしめて学校に通いました。現在では、想像もつかないでしょうと思います。
 青山1丁目を超えて左側には陸軍大学(現在の青山中学)権田原、右に明治記念館、信濃町駅、慶応大学病院、このあたりは余り変わっていません。青山1丁目から渋谷に向かって東京市外電話局近辺は大きく変わって、間組本社、伊藤忠本社などがあります。
表参道駅については、現在歩道いっぱいの通行者がありますが、ついこの間までは、朝の乗降客も乗る人が2,3人で寂しい駅でした。さらに渋谷方面にゆきますと左に青山学院、右に青山車庫(現在国連大学)裏にまわると下田歌子の実践大学があります。現在のアークヒルズの箪笥町を経て溜池、小生の記憶では東京で初めての自動車練習所が在った様に思います。
 昔を思い出しても記憶の糸を手繰れない程変わってしまいました。

おじいちゃんの昔語り (その5)
    
   むかしの農村のお月見     栃木県・吉沢 義之

  八月の十五夜にはススキの穂を五本、九月の十三夜には三本と、それにとれたばかりの野菜や果物、月見団子をお月様にお供えしました。子供たちは藁を細縄で固く束ねた野球のバットのような「ぼうじぼう」 (芒打棒)で農家の庭を囃し言葉を叫びながらぽんぽんと打って回り ました。
  『ぼうじぼったり三夜さま、大麦あたれ、小麦あたれ、三角ばったそばあたれ』
あたれとは豊作になれという意味です。三角ばったとは蕎麦の実は三角形をしているからです。
  家々から お礼におやつが出ました。これが楽しみなのでした。ふだん子供は夜は家の外に出ることはできませんでしたが、お月見の夜だけは特別に許されました。 明るい月の光の下を大勢の友達と家々を回るのはとても楽しみでした。
                        
★ ぼうちぼうは穀物収穫用の道具です。穀物の穂をむしろの上でたたいて実を落とします。 東南アジアの奥地で今も使用されているのをテレビで見たことがあります。


さぁ遊ぼう、さぁ遊ぼう!フリーソフト(無料)で さぁ遊ぼう!皆で描けば恐くない!!



reiさん・きんさん・吟さん・柴田さん・飯田さん・平戸さん・
佐久間さん・ しげさん・石原さん・明珍さん・佐々木さん・青木さん・
太田さん・石川さん・長岩さん


夢をみましょう、ご一緒に
 幽玄会社 極楽旅行企画
(改称・幽霊会社 天国旅行企画) 

通信      最終号

 百年後に完成するザグラダ・ファミリア大聖堂とオーロラを見る企画に応募して下さった皆々様へ

 思いがけず沢山のご応募を頂き有り難うございました。
ところが、少し企画が予想と違いまして百年後に到着する為には、本日、出発しなければならない旨が、 幽玄会社・空飛ぶ絨毯から通達がありました。あまりに急な通達で今回お申込みの皆様には連絡が難しく、残念ながらこの企画は中止と言うことになりました、お許ください。
 お騒がせ致しました当幽玄会社・極楽旅行企画といたしましては、いろいろと交渉を試みまして、出来るだけ早く次の便を出して頂くようにと、申し入れは致しておりますが、今のところ、絨毯の需要に追いつかない有様だと言うことです。
 皆さんと一緒に、現実離れした楽しい夢を見ることが出来たと思っています。生きることは死に一歩づつ近づくこと、その中で 泣くこと、笑うこと、怒ること、哀しむこと、嬉しいこと、悔しいこと、沢山あるのですが、今回の楽しいやりとりで現世の辛さを少しの間でも忘れられた感じが致しました。
 人間は夢を見る動物です。どうせ見るなら楽しい夢を見たいし、また見ようと思います。
 この次は皆様のご意見も取り入れ、もっと企画を練りまして、手落ち無く執り行いたいと存じます。        佐藤より子


極楽旅行企画さま    
 通信 最終号拝見致しました。
  おやまあ 中止でございますか? なんと 残念なこと。理由は 空飛ぶ絨毯の生産が間に合わないからですか。それなら替わりの交通手段をとりませんか。
 一番のお薦めは「1000の風」でございます。皆様せっかく楽しみにお待ちになってらっしゃいますのでぜひぜひ此の案をお取り上げくださいまして100年後の大旅行実現に向けて御検討くださいませ。
  ポスターもこのように 立派に出来ておりますから。
川端米子
                           絵:明珍秀子

スクロール和菓子が届きました、お茶で一服しませんか?



*InternetExplorerでのみスクロールいたします。

御子柴京子様は酸素携帯の一級重度身障者でいらっしゃいますが、 和菓子がお好きで、季節感あふれる日本の銘菓を買いに出かけ、 お茶と一緒に皆様にお届けするのが元気の素とおっしゃっています。


● そのかみの候文を懐かしみ・・
候文

100年以上も前から使用されていた硯箱
トキさんのご両親が100年以上も前から使用されていた硯箱。
もちろん現在も使用されています。

かつてはこれで巻紙に候文の手紙を書いていらしたそうです。

候文


● 爺婆の知恵袋  インターナショナル梅談議

 どうもスーパーの棚に青梅が並びはじめますと無視できなくて今年も「梅味噌ドレッシング」仕込みました。
 作り方ですか?  青梅1キロ味噌1キロ砂糖1キロを広口瓶にいれるだけ。やり方色々で始めに味噌ありき、次ぎに洗って良く拭いた梅をいれ上から砂糖をふりかける。 2週間でぼってりした味噌ドレッシングの出来上がりです。途中で実をほぐして種を捨てミキサーにかけると無駄がなくてよろしい。これがまあ茄子の油炒めと豚肉の炒めたものとの相性バツグン!!
 サラダによし トンカツにも おいしかったですよ。
 
 お子さま用に梅ジュースはいかが? 洗った梅をビニール袋に並べて冷凍庫で一晩凍らせて広口瓶にざっとぶちまけ上から同量の氷砂糖をかぶせるだけ。 これも2週間流しの下の暗闇などへ置いておくと約1リッターくらいの濃縮ジュースができます。後の梅はミキサーにかけておなべで5分ほどかきまぜながら煮ますとこれが梅ジャム。 もちろん種はポイ中身をたべてはいけません。
添加物無しの健康食品、安心していただけますね。ジュースは牛乳でわりますと即席ヨーグルトです。

 梅干しは手がかかり過ぎてちょいと挑戦するのは勇気がいります。
レシピ欲しい方は別便で。煮梅は火加減が難しいから失敗を恐れない方挑戦!! 砂糖で煮るだけ。熟した梅がいいみたい。

 海外でお暮らしの会員からの特別情報です。
手に入り難いにがりを使わないで梅酢で作るお豆腐、また、アブリコットを青いうちに収穫して塩漬けにし梅酢につける。ほんとのいい「あん梅」! これに味噌と砂糖を加えてミキサーにかけると なんと「梅味噌ドレッシング.アメリか版」お隣のシニア御夫妻のお褒めにあずかったとか。 このソースにオリーブオイルとレモンをしぼり、肉に野菜に美味しかったそうな。
このレシピはそっくりアメリカ会員からスイスの会員に輸出されたようですよ。
 ところが 同じような梅味噌が沖縄にもあるんですって!!
長芋の千切りにかけたら栄養万点、いけますって。 お試しになって! ダイエットにはこんにゃくがよろしい。

 さてさてジュースをすっかり絞りとられて哀れシワシワコチコチになってしまった梅を刻んでケーキのトッビングにと、これは85才のおばば様のお知恵です。 美味しいかも・・・
 クッキーの中に混ぜ込んで。挑戦してみます??

 たかが梅、されど梅、梅談議はまだまだ続きそう。

賑やかな梅評論家たちは
上甲さん(茨城県)、タンちゃん(宮崎県)、久保田さん、奥村さん、reiさん(埼玉県)、中原さん(香川県)、飯田光三郎さん(沖縄県)、福井さん(岐阜県)、長岩さん(栃木県)、吉田さん(長野県)、佐々木あや子さん(宮城県)、山田幸子さん(北海道)、湯村さん(千葉県)、太田ひろさん、高取さん、篠原さん、トキさん、三室さん(東京都)、太田千代子さん(スイス)、中村さん(カリフォルニア) 
(千葉県のおばば)川端米子がまとめました。




曾おばあちゃんからのワードのお絵描きと創作童話        
「ラビリーここだよ、上を見てごらん
 空の上だよ・・・すごいだろう、、、、」


「私も乗せてよーおいてきぼりなんて
ひどいわよ、、、、」


ラビリーちゃんはひとりおいてきぼりです。
あんなに高い空の上にいってしまって、
空の上からは何が見えるのかしら?
赤いおやねのおうちも見えるのかしら、

いつかパパやママといった海もみえるのかな、

本でみた南の島も
くじらや亀も、

ラビリーはすっかり楽しくなりました。


今度は私も乗せてもらうんだ。

ラビリーは急に元気になって、スキップしながらお家に帰ってゆきました。
望月つね子様(86歳)が曾孫ちゃまに可愛い絵と童話の
プレゼントをなさいました。 世界でただひとつしか無いもの
ですね。

さあ、ご飯ですよ、お片付けしましょうね。    望月つね子


                           
懐かしい香具師(ヤシ)の口上

みなさま こんにちは

           縁日は愉しい 「ドロピツ」売りの口上

  ハイ お客さん。 私が今日、ここへ持ってきたのは  ネ    ただの万年筆じゃぁないよ。 見た目は悪い、ドロがイッパイ くっついている。 ネ  ドロだか灰だかわけが判らない。 ネ。...  
  こういうのがいっぱい付いているけれど ネ、 お客さん ネ   これは ネ  あたしが ネ これをお店で買いまするというと ネ  一本の万年筆のお値段が二千と五百円。 安いやつでもって千と五百円。 ネ  私はこんなに頂くんじゃない、みたくりは悪いけど、品物は非常によろしい。 ネ  お客さん、どっから出ましたかと申し上げますと ネ。 大阪は阿倍野区。 阿倍野区にありまする東亜工業という万年筆の会社がある。 ネ。 その会社が先日、火事で焼けまして。 ネ。 丸焼けになっちゃった。あたしはそこの従業員。 ネ。 従業員でもって、月給が貰いないんだ。  月給が。 月給のかわりに ネ。 この
ドロドロの万年筆を ネ。 会社から貰ってきた。 ネ。 もらってきてもお客さんの前だけど ネ。 私もこれを売りようもないネ。 そこでお客さんにお願いしてネ、 買っていただこうってんだ。 ホラ、 ネ。 
ハイハイ  ここにありますのが ネ、 まっくろけの万年筆だ、ホラ。 ネ。 黒いよ。 いろが黒くて、もてないならば、山の烏は後家ばかりってんだ。ホラ。 ネ。 
  いろは黒いけれど、こうネジをほぐしていただきまして、 ネ。 
ホラ。 雷さまが鳴ってんだ。 ホラ。 ネ。 ここにあります雷さまの出臍をチョイと押していただきますると、押せば出る出る松茸の露。ア、
チガッタ、チガッタ松茸のつゆじゃない。インクだ。お客さん。インクが
ヒョット出てくる。 書いて御覧なさい。紙に書いて。横文字、縦文字、斜文字。何でも書けるってんだ。 ホラ、 14金の金ペンがささっている。 ネ。 この真っ黒けの万年筆一本ここにありますよ。 ハイ。 
今出したのが赤い万年筆。これも14金の金ペンが入っておりまして、塩酸、硫酸入れても、 チョットも融けない。  ホラ、 そこの
チョロ松、 ホラ  そんなところに、 しゃがんでおるじゃない。 ネ。 おチンコがめいている。 おチンコが。 もっとこっちに寄ってこっちに寄って。 オイ、 そこのお父さん、もっとこっちによって、うしろに車が通る。交通事故でも起されたら私が困る。もっとこっちにきて、こっちに 来て。 そうそう、 そうそう、 そうそう。 赤い万年筆。 いいですね。赤いもの見て迷わぬものは、木仏石仏金ほとけ。千里旅する汽車でさえ、赤いもの見りゃピタリと止まるてんだ〜。 ホラネ。 赤い万年筆こう負けますよ。 白地に赤くて日の丸の旗。 ネ。  こういう具合に負けました・・・・・

 では、バナナの叩き売り 節付き口上で・・・

 江戸で言うたら多摩川の、京で言うたら鴨川の、水にさらした玉の肌、ひと皮むいたら玉の肌〜、バナちゃん因果聞かすなら、生まれたところは台湾で、台湾台中片田舎、親貧困のその中で、蝶よ花よと育てられ、国定忠治じゃないけれど唐丸籠にとつめられて、汽車や電車に乗せられて、やってきたのが基隆港、基隆港よりゃ船の旅、金波銀波の波越えて、着いたところが門司港、門司は九州の大都会、えんやらどっこい掛け声で、またもや汽車にのせられて、着いたところが問屋の室に、冬は電気で温められ夏は氷で冷やされて、ぱあっ-と色気がついたころ氏神さまのお祭りやムツゴロ広場じゃないかいな・・・
 あまたお客のある中で、一房いくらのさらしもの、わしほど因果なものはない、早く身請けを頼みましょ、これから安く売りましょう〜〜
 やれぇー 折角お客が来たならば、しかたがない、しかたない、売れなきゃ胸くそ悪いから、この丁度の口開けで〜こりゃまたァどうだ〜 四十銭・・・三十と五・・・エーィ三十銭、口開けだ、二十と五銭・・・二十銭!! 
   「おう買った」
 最初の声に惚れこんだ、たまげた駒下駄日和下駄、伊那の駒下駄いわれある、あれくれたらこりゃどうだ (十五字削除) キンキラバナナじゃ里バナナ、こいつもたったの五ンまるか、五十銭・・・四十と五・・・四十・・・三十と五・・・エ〜イ大負け三十銭!
さぁ〜どうだ〜〜 さぁ〜どうだ〜〜

 子供心に憧れた縁日、高市の見世物群、大荷と呼ばれたサーカス、中荷と呼ばれたオートバイのガーッと樽(たる)の中回るやつとか、お化け屋敷とかそれから小物と言われてた例の、「花ちゃんヤ〜〜」「ハーイハイ」の蛇娘、大鼬(大いたち)などなど、呼び込み口上の面白さと、好奇心一杯で小屋の前に立ちつくした幼い日。記憶を手繰ってみても、思い違いや、間違いも多々あるやもしれずご指摘頂ければ勿怪の幸せ。
 たたみかけ、延々続く香具師(ヤシ)の口上。 
 明治・大正・昭和、懐かしい風俗史のヒトコマでした。
 子供の頃を思い出していただければ幸いです。  ようすけ(79歳)

   ようすけさん、「男はつらいよ」の 寅さん 思い出しちゃった!

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